2014年11月09日

安倍内閣の尖閣“致命的譲歩”って、どういうこと?


日中両政府は七日、北京で十日から開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を前に、沖縄県・尖閣諸島問題に関し 「(日中双方が)異なる見解を有している」ことで一致したなどとする文書を発表した。尖閣諸島問題などで両政府が一定の認識の一致に至ったことで、首脳会議期間中の安倍晋三首相と習近平国家主席の会談が固まった。・・・(引用)

 
これについて、「致命的譲歩」とか「外交的敗北」というコメントが見られる。中国の報道では、「外交的勝利」のごとき報道があったそうな。

尖閣問題について、「領有権問題は存在しないとの立場を貫いてきた日本政府が、中国側に譲歩する内容」とか「歴史を直視し、政治的困難を克服することで若干の認識の一致をみた」で、 靖国参拝ができなくなったとか。


このようなコメントを読んで、大きな違和感を感じる。それは、そんなに字句が大事か、一字一句に拘束されるのかということ。

それも、中国に都合のいい解釈ばかりが語られるのは、おかしいのである。「中国には中国の考え方がある」ということは、言わずもがな「日本には日本の考え方がある」と言うこと。

さらには、これまで首脳会談は必要だと散々いってきたマスコミが、実際に実現しそうになったら「外交的敗北」とは。外交的敗北などというなら、もっと「日本には日本の考え方がある」とうことを、報道し発信すべきなのだ。

もっといえば、中国には中国の「首脳会談」に応じる理由がある。それを全く追究し紹介しようとしない。追究の結果によっては「日本外交の勝利」という正反対の評価もありうるのである。


もう一つ、奇異に感じたのは、表現へのこだわり。これは日本人特有の「約束は守らなければならない」という感覚が根底にあるか、さもなくば意図的解釈。

「約束は一度決めたら守らないと、相手に失礼」という考えは、外交上は全く意味を成さない。ましてや人治国家の中国にたいしては、何をかいわんやである。外交的約束など、いつも反故にしてきたのは中国のほうである。


さっそくと言うか、政府からは「日本の考え」には何ら代わりが無いことのコメントがあった。すなわち「領土問題は存在しない」「靖国参拝は国内問題。総理の決めること」である。

安倍政権は、これまでどおりに、国益と国際法の原則を立てて、外交を進めていただきたい。防衛力の強化も、日米安保協力も、粛々と進めていただきたい。




 
posted by kiiwa at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 中・韓・朝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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